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柳の木の下でブランコを漕ぐ

俳優窪田正孝さんを楽しむ私の隠れ家

ファンタジーと現実が溶け合う奇跡:資生堂スノービューティー2016『逆さに降る雪』を鑑賞する

CM

資生堂の薬用美白フェースパウダー「スノービューティーⅢ」のショートムービー『逆さに降る雪』に窪田正孝さんが起用されました。

商品の宣伝とは思えない一本の長編映画のような素敵な作品です。監督は柳沢翔さん。どの場面も美しく、登場する二人が作品の持つ雰囲気に見事にマッチしています。

 


スノービューティー2016 『逆さに降る雪』|資生堂

本作の舞台は、一面真っ白な雪景色の中、ぽつんとたたずむ小さな駅の待合所。そこには、大雪の影響で来ない電車を待ちくたびれた客のユキ(二階堂ふみさん)と、駅員のシロー(窪田正孝さん)の二人しかいないという閉ざされた世界の中で起こる、ファンタジーあふれるラブストーリーです。
 「いつかは幸せになりたい」と願う女性に向けて、ラブストーリーだけでなく、傷ついた主人公の心を癒やし、再び現実社会に立ち向かう勇気を与えるというストーリーに仕上がっています。

 

主題歌は、斉藤和義さんが本作のために書き下ろした「ひまわりに積もる雪」。ユキを想うシローの一途な気持ちが切なくそして力強い想いで書かれています。タイトル、そして歌中の”ひまわりに積もる雪”という言葉の”ひまわり”は、シローにとってユキとして、太陽に向かって真っ直ぐな”ひまわり”はユキの向かうべき道として、”積もる雪”という言葉は、ユキにふりかかるいくつかの試練や悩みとして表現されています。*1

 

この作品の窪田くんは本当に素敵です。彼の魅力のひとつは声だと思うのですが、「傷ついた主人公の心を癒やし、再び現実社会に立ち向かう勇気を与える」というこの役割にぴったりの優しい声をしています。「あなたなら 大丈夫」を何度リピートしたことか。

俳優の斎藤工さんが窪田くんについて以前「窪田くんはジブリに出てくる青年のような雰囲気がある。もちろんそこに存在してるんだけど、どこか幻想的な部分を持っている」*2 と表現していますが、まさにその部分の魅力が映像化された作品になっています。

 

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f:id:yanabura:20160717211035p:plain *3

 『逆さに降る雪』は幻想の世界と現実世界とが独立した世界として描かれるのではなく、二つが溶け合い、補完し合うバランスがとても魅力的だ。夢から覚めた後にもプレゼントされたコンパクトが存在したり、ラストではシローと瓜二つの青年が現れるなど、スノードームのなかで起こる出来事は現実世界に作用する。何よりもシローが与えたもの、「あなたななら 大丈夫」という言葉によってユキの表情は変化し、現実世界で一歩前に踏み出す勇気を得る。

試練や悩みとしての雪

この物語のなかで「雪」は「ユキに降りかかるいくつかの試練や悩み」として表現される。スノードームの世界に迷い込んだユキは電車に乗るべきだということはわかっているのに乗ることができない。電車が「雪」のせいで動かなくなっているからだ。ユキは自分が抱える試練の大きさから前に進むことができなくなっている。開かれたノートは白紙のままだ。シローがスノードームの世界を反転させることで、雪は逆さに降り始め、ユキの試練や悩みが徐々に軽くなっていく。現実に戻り、ユキは真っ白い紙にやっと一本の線を描くことができる。それは雪が積もる真っ白い大地に電車が走っていく軌跡とも重なる。

ファンタジーと現実を結ぶ電車

ユキが待つ電車は幻想の世界と現実世界とをリンクする乗り物として描かれる。黄色く塗られた夏の窓を眺めながらつかの間現実を思い出す場面では、スノードームの中の電車の映像と同時に電車の走る(ような)音が挿入されるし、「ここってもしかして……」とスノードームの世界のなかに自分がいることを確信させるのも電車が浮遊する姿だ。スノードームが割れてユキが目覚めるとき、再び電車の走る(ような)音が聞こえてくるが、そのときになって初めてその音が窓の外の工事現場から聞こえてくる重機の音なのだと気づかされる。

***

現実世界と幻想の世界、夏と冬、床と天井、空から降る雪と逆さに降る雪、シローがぶちまけてしまったペンキをユキがごまかす関係とユキが割ってしまったスノードームをシロー(似の青年?)が修理する関係など、この作品のなかには対になるようなさまざまな関係が散りばめられているが、そのひとつに電車とその乗客を迎える駅員と見送る駅員の姿がある。

迎えるシローと見送るシロー

駅員の仕事は電車を迎え、見送ること。乗客を適切な電車に乗せ、向かうべき道へ導くこと。

スノードームのなかの駅員(フィギュア)はこの作品のなかで二つの姿勢をとる。ひとつは、左手を挙げて電車に向かって敬礼する、電車を迎える駅員の姿。この姿は、ユキが黄色く塗られた夏の窓を見つめながら現実を思い出す際に挿入されるスノードームの映像(図4)から、そしてラストの修復された後のスノードームの様子から確認することができる(図5)。

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もうひとつはスノードームが割れてしまったときの駅員の姿だ。駅員は右手を高く挙げ電車とその乗客を見送る姿勢をとっている(図6)。

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目覚めてから「もう一度お願いします」と言って電話で仕事の話をする場面、ユキが手にしているのはユキを見送る姿のシローだ。この場面でもシローはささやかだがユキに勇気を与えてくれている(図7)。

 

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二つの疑問

(ロジカルに考えるべきものではないのかもしれないですが、どなたかいいアイディアをお持ちでしたら教えてください。)

  • スノードームが転がって机から落ちていく場面、駅員の姿が消えているように見える? 見えますよね? どう考えたらいいのだろう。

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  • 二人が屋上でダンスをするとき、転がるスノードームの中の様子を写したカット(図9)。この電車と建物の配置はラストショットのスノードームの配置(自分なりに図を書いてみたりした)から考えるとありえない構図だと思うのだけど、どういうことだろう?(私がうまく空間把握ができていないだけかもしれません。) 電車は動いているとか?

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*1:株式会社資生堂のプレスリリースより(2016年7月7日 10時00分)。ショートムービーの概要やあらすじ、二階堂さん、窪田くん、斉藤和義さん、柳沢翔監督へのインタビューが下のサイトで公開されています。

*2:2016年2月6日(土)に放送された『斎藤工のTAKUMIZM』の窪田正孝さん関連部分の書き起こしから引用。詳細は以下の過去記事をご覧ください。 

*3:©資生堂『逆さに降る雪』より引用

*4:©資生堂『逆さに降る雪』より引用

*5:©資生堂『逆さに降る雪』より引用

*6:©資生堂『逆さに降る雪』より引用

*7:©資生堂『逆さに降る雪』より引用

*8:©資生堂『逆さに降る雪』より引用

*9:©資生堂『逆さに降る雪』より引用

口元で魅せるスモーキー、窪田正孝のアクション

『HiGH & LOW』

『HiGH & LOW』のスモーキーの演技について思っていたことを文字化してみました。*1

まずは公式さんがアップしている RUDE BOYSの Special Trailer をご覧ください。


HiGH&LOW Special Trailer ♯4 「RUDE BOYS」

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スモーキーの演技で何といっても魅力的なのは口元の表現だ。登場してすぐのお説教シーンからカメラはスモーキーの口元に注目するが、それが合図であるかのように、その後のシーンでも口元の表現が一連のアクションシーンの「静」のアクセントとになり、人物像を描く鍵としても機能している。

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アクションシーンのスモーキーはとにかく口を開けない。口の開き具合は常に最小限に保たれていて、息があがっている様子を全く見せない。閉じた口も口元の筋肉をなるべく使わないようになっているし、喋るときでさえ口はあまり開かない、動かない。

アクションシーンでは「叫んで突撃」「怒鳴りながら殴り合い」パタンがよく見られるし、実際『HiGH & LOW』の他のグループのアクションはそのパタンのものが多いなか、アクションをしているときのスモーキーのこの表情は、他のグループともRUDE BOYSの他のメンバーのそれとも大きく異なっている。

パンチや蹴りの前後でも、カメラは口を結んだまま涼しい表情で仲間たちの闘いぶりを眺めるスモーキーの表情を逃さない。時には口角がほんの少しだけ上がり、闘いを楽しんでいるかのようにも見える。この一瞬のカットの表情が、一連のアクションシーンの「静」としてアクセントになっている。上下、左右、回転と続く激しいアクションのなかで一瞬霧が晴れたかのようにゆったりと見えるのだ。そこではRUDE BOYSというグループのリーダーだという自信と余裕、自分の「家族」や街を守ることに対する使命感や決意までもが伝わってくる。

7月号の『CUT』のインタビューで、窪田くんはスモーキーの演技について次のように答えている。

 「アクションシーンが多くて、スモーキーとして、リーダーとしての凄みであったり、器の広さであったりがどこかに光ればいいなってずっと思ってやらせてもらいました。それが延長戦としてアクションに繋がっていけばいいなと。そしてアクションもやっぱりお芝居の一部なんですよね。パルクールを使った闘い方にもRUDE BOYSらしさというのが表れていると思います。無名街で闘う時は特に、自分たちの縄張りでの闘いなので、すべてを知り尽くしている余裕を常に持つようにしてましたね。アクションになるとどうしても顔がこう、一生懸命になってしまったりするんですけど、そのシーンごとのいい塩梅でやるように意識してました(太字は著者による)*3

 

やはり意識的に演じていたのだなと知って、改めて痺れてしまう。アクションシーンだからといって「動き」にばかり目を向けず、演じる役を想像したうえで「動かさない」部分についても意識している。そこまで考えて演じているのかというだけでも感心してしまうが、実際に思ったように演じられるというのがすごい。理屈ではわかっていてもあれだけのアクションを涼しい顔で演じるのは難しいのではないかと思う。(運動不足の私には無理。)

「アクションもお芝居の一部」と言うように、スモーキーが見せるアクションは窪田くんが演じている他の役とも違う。(アクションとは少し違うかもしれないが)『ケータイ捜査官7』の網島ケイタは泣いたり叫んだりしながら必死な姿を見せてくれるし、『ヒーローマニア-生活-』の土志田の(後半の)アクションシーンでは、口を大きく開けたり、歯を食いしばったりする表情を見せて、アクションを通じてそれぞれのキャラクターを演じ分けている。スモーキーの場合にも同じように「窪田正孝のアクション」ではなく「スモーキーのアクション」になっているのだ。

さらに、窪田くんのアクションシーンを見ていて感じるのは、動きの美しさとリアルさ。パンチや蹴りといった攻撃そのものの美しさも勿論だけれど、スモーキーのように強い役を演じるときには、攻撃した後の体が全くブレない。軸がしっかりとしているのか、動いた後にもとの姿勢にしっかり戻るというか、体の動きに体の軸が振り回されていないように見える。

反対に、やられる側を演じるときには軸がぐらぐらとする。パンチや蹴りを受ける場合には本当に当たっているかのように全く軸がなくなって、その衝撃に徹底的に振り回される。映画『MARS〜ただ、君を愛してる〜』でも藤ヶ谷くんに見事に突き飛ばされていた。スモーキーが血を吐くシーンでも、あれほど優勢に闘っていた様子を見ていただけに、その後の意表をつくような不穏な動きに何事かとギョッとしてしまう。とてもリアルだ。 

アクションには全く詳しくないし、正直そんなに興味もなかったけれど、「アクションもお芝居の一部」という視点で見るとなるほど奥が深いと考えさせられることが多い。アクションシーンを楽しむ際のひとつの道具を窪田くんからいただいたような気分だ。

*1:映画『HiGH & LOW THE MOVIE』も完成披露試写会ですでに見ているのですが、この記事はドラマのシーズン1についてがメインです。早乙女くんとのアクションシーンは素晴らしかったなあ。

*2:©『HiGH&LOW』製作委員会、『HiGH & LOW〜THE STORY OF S.W.O.R.D〜』シーズン1 エピソード6 より引用

*3:窪田正孝インタビュー」『CUT』7月号(p. 45)より引用

『東京喰種トーキョーグール』1巻を読んだ②

『東京喰種トーキョーグール』

 

f:id:yanabura:20160630221504j:plain*1 

 

  • 太宰治は『斜陽』でこう書いていた…「私は確信したい。人間は恋と革命の為に生まれてきたんだ」と…僕もそうであると信じたい…

これはカネキがリゼとデートする前の晩(半 "喰種" になる前)にカネキが考えていたこと。私はこの作品は異質な者の理解や異質な者との共生を問う物語だと考えているのだけれど、このエピソードは、カネキがこれから「"人間" と "喰種" の相互理解」という革命を引き受けていくことになること、それを担うポテンシャルがカネキにはあることをさりげなく暗示している。

半 "喰種" となった後、 "人間" でも "喰種" でもない自分がどこにも居場所のない孤独な存在だと絶望するシーン。店長がカネキにかける言葉にも彼がこれから担うことになる役割の重要さが示唆されている。

"どちらでもない"? それは違う。君は "喰種" であり同時に "人間" でもあるんだ。ふたつの世界に居場所を持てる唯一人の存在なんだよ。

 

"私たちの店(あんていく)" へ来なさい。"喰種" の生き方を教えよう。人間の居場所を守る道にもきっと繋がる筈だよ。

 

そして少しで良い。人間である君に私達のことを知って欲しい。我々がただの飢えた獣なのかどうか。

カネキの恋もこれから出てくるのだろうか。 

 

 

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  • "喰種" が人間の肉以外に唯一口にできるのはコーヒー

この設定も面白い。この物語が本当に「 "人間" と "喰種" の相互理解」という革命を描いているのだとすれば、小さなことでも "人間" との共通点があるというのは大きい。"喰種" たちが昼間にコーヒーを楽しむ喫茶店「あんていく」(安定区ということ?)の雰囲気にはほっとさせられるし、コーヒーしか飲めない "喰種" たちの習性を知った後では、人肉でしか食事を楽しめない彼らを同情の気持ちで見てしまう。

あと、あえてコーヒーを選んだのは、かつて悪魔の飲み物と考えられていたコーヒーの歴史を考えると意図的だろうか。

コーヒーは悪魔の飲み物|コーヒートリビア | コーヒーはUCC上島珈琲

 

でも、窪田くんコーヒー飲めないんだよね。カネキを演じてたら嗜好が変わるかしら。

 

  • リゼの死、臓器移植は偶然か否か

実は鉄骨落下事件は仕組まれたものなんじゃないか。医者は実はすべてを分かっていて、意図的に "喰種" の臓器をカネキに移植したんじゃないか。こんな可能性も考えてみるのだけど、個人的にはすべて偶然であったという方が生物の突然変異のようでいいなと思う。

"喰種" たちは再生能力が高く、ちょっとした事故では死んだりしない一方で、"人間" は脆く、簡単に命を失う。普通に考えれば、カミキが死に、リゼが生き残りそうなものなのに、事故によって生き残るのはカミキだった。この点が、一見ありえないことがありえてしまうという事件性を強調しているし、何かとんでもないことが始まってしまった、という予感を募らせる。

追記(7月3日):4巻を読んでたら、やっぱり鉄骨落下事件はただの事故ではないみたいですね。まだ真相はわからないので、とりあえず読み進めます。

 

喰種研究家ってどうせ "喰種" なんでしょう? と思うのだけど、どうなんでしょう。

 

 つづく。

yanabura.hatenablog.jp

『東京喰種トーキョーグール』1巻を読んだ①

映画 『東京喰種トーキョーグール』

『東京喰種』1巻を読みました。先が読めないので深読みもあるかもしれないですし、あたり前のことなんかも含まれていると思いますが、とりあえず読みながら思ったことをまとめます。*1

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  • #001「悲劇」の最初のコマ、「食物連鎖の頂点とされるヒトを…“食糧”として狩る者たちが存在する…」

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まずこの一文目が示唆的。「食物連鎖の頂点にいるヒトが捕食される」はオクシモロンだけど、おそらく物語は「じゃあ "喰種" が頂点なのか? そもそも食物連鎖でいいの?(どちらかが頂点に立てばどちらかが支配される、それでいいの?)」と問うのだと思う。物語はすでに食物連鎖や弱肉強食の考えを否定しようとしているのだなきっと。

そして、この東京タワーのカット。これは窪田ファン的視点だけど、個人的には『ヒーローマニア-生活-』のタイトルバックに出てくるサーチライトの灯った高いビルを思い出します。どちらの作品も生態系・食物連鎖を表現するために似たものを描いてる。どちらも夜景だしね。夜はやはり生物としての人間にとっては危険な時間ということか。

  • #001「悲劇」の扉絵

 f:id:yanabura:20160628192752p:image*3 

これがまた面白い。三つの信号が配置されるなかで、ヒデはこちら(読者側)を、トーカは横を、リゼは体は横を向かせながら顔はこちらに向いています。これがもう1巻の登場人物たちの関係性を物語っていますね。

それぞれの方向に進む者は決して交わらないはずで、交わるとそれは大きな事故「悲劇」になってしまう。カネキとリゼの身に起こるのはまさにそのような事故です。タイトルは「悲劇」としているけれど、果たしてこの先どうなるのだろう。「悲劇」なだけでは終わらないよう物語が進むはず!

上から降ってくる本はカネキの表象。カネキを表す記号が水平方向ではなく、上から下へ、垂直方向の動きとして表現されている。

降ってくる本のなかで唯一タイトルが読めるのが『羅生門』というのも納得。改めてあらすじを確認すると、まさにこの作品そのものだ。『東京喰種トーキョーグール』は現代版『羅生門』というわけだ。

背景は平安時代飢饉や辻風(竜巻)などの天変地異が打ち続き、都は衰微していた。ある暮れ方、荒廃した羅生門の下で若い下人が途方にくれていた。下人は数日前、仕えていた主人から解雇された。生活の糧を得る術も無い彼は、いっそこのまま盗賊になろうかと思いつめるが、どうしても「勇気」が出ない。そんな折、羅生門の2階に人の気配を感じた彼は、興味を覚えて上へ昇ってみた。
楼閣の上には身寄りの無い遺体がいくつも捨てられていたが、その中に灯りが灯っている。老婆が松明を灯しながら、若い女の遺体から髪を引き抜いているのである。老婆の行為に激しい怒りを燃やした下人は刀を抜き、老婆に踊りかかった。老婆は、抜いた髪で鬘を作って売ろうとしていた、と自身の行いを説明する。それは自分が生きるための仕方の無い行いだ。この女にしたところで、生前に蛇の干物を干魚だと偽って売り歩いていた。それは、生きるために仕方が無く行った悪だ。だから自分が髪を抜いたとて、この女は許すであろうと言う。
髪を抜く老婆に正義の心から怒りを燃やしていた下人だったが、老婆の言葉を聞いて勇気が生まれる。そして老婆を組み伏せて着物をはぎ取るや「己(おれ)もそうしなければ、餓死をする体なのだ。」と言い残し、漆黒の闇の中へ消えていった。下人の行方は誰も知らない…。*4

 

カネキとリゼが同じ小説が好き、というのもヒトと "喰種" が近づいて融合することをほのめかしている。冷酷非道な連続殺人鬼の女性とその一人息子が主人公で…息子は母親の異常性を嫌悪しながらもやがて己自身にも残虐な衝動が芽生えつつあることに気付いてゆくという物語を楽しむ二人。リゼは殺人鬼の女性視点で、カネキは息子視点で作品を楽しんでいるが、1巻ではその小説の関係がそのままリゼとカネキ自身に降りかかることになる。 

 

つづく。

ということで、まだ1巻の数ページしか進んでいません(笑)ゆっくりお付き合いください。

yanabura.hatenablog.jp

*1:現在私が読んでいるのは3巻までで、その先の話の展開について全く知りません。その程度の者が書いていることを一言断っておきます。

*2:石田スイ『東京喰種トーキョーグール』1巻(デジタル版, 位置No. 4/225)東京:集英社

*3:石田スイ『東京喰種トーキョーグール』1巻(デジタル版, 位置No. 6/225)東京:集英社

*4:Wikipedia羅生門 (小説) - Wikipedia, 2016年6月28日

『斎藤工のTAKUMIZM』一部書き起こし(2016/2/6 放送)

ラジオ

2016年2月6日(土)に放送された『斎藤工のTAKUMIZM』の窪田正孝さん関連部分の書き起こしです。

以前にツイートしたところかなり好評だったようで、今でも時々リツイートされているので、こちらにも再掲しておきます。

ああ、また工さんと窪田くんの火村とアリスが見たい!!

  

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bayfmからお届けしている斎藤工のTAKUMIZM。今夜のTAKUMIZMは「パートナー」です。

さて、現在放送中のドラマ『臨床犯罪学者火村英夫の推理』、チェックしていただけていますでしょうか。私が演じる英都大学の准教授火村英夫はですね、警察の依頼を受けて殺人事件の捜査協力をする犯罪学者ですね。そんな私火村を見守り、サポートをするのがですね、窪田正孝さん演じる友人の推理作家有栖川有栖なんですが、そんな彼とはね、つきあいは本当に古いですね。それこそ10年ぐらいですね。最初はね、あのー、ドグちゃん、というね、井口昇監督の作品にに窪田くんが主演していて、そのスピンオフに僕が「出してくれ」っていう感じで、出て、その打ち上げかな? かなんかで出会ったのが最初ですね。はい。で、ドグちゃん見て、「なんだこの子は!」っていうぐらい、当時十代の彼は、あのー、異彩を放っていましたね。芝居が上手いんですよね。それで、私はそのあと縁があって、もういろんな、『ゲゲゲの女房』だったり、あのまあ『QP』だったり、ガチバンシリーズっていうね、窪田くんがやってるシリーズも、すごいチャラい速攻ボコボコにされるような役で出させてもらったり、『十三人の刺客』だったり、そうだねえ、もうキリもないぐらい接点をいただいてまして。でも、変わんないね。本当に10年たっても、お互い、お互いというかなんかね、距離感も良い意味で変わらないし、うーん、貴重なひとだなあという風に思うんですが。

最近になってね、僕が今回こうガッツリやるっていうことで、僕の周りですよね、特に近しい親戚とかもいたんですけど、窪田くんをいかに自分はファンかみたいなことをね、アピールしてくるんですけど、「え、じゃあ、ドグちゃん見たの?」とかって言ってね、あのまあ金八先生から見てるとかねいろいろ言ってくるんですけど、「え、じゃあ、そのケータイ捜査官とか前の段階で見てますか?」っていう逆質問をしてタジタジにするっていうのがね。僕がいま、まあ、窪田くんを守るっていう意味でもね。なんかね、僕的には、何度も共演してるから、『めめめのくらげ』とかもね、共演してるんですけど、そのときに言ってくれたらリアリティがあるんですけど、今になって、今になって言ってくる感じがもうなんかちょっと「安いな」と思って、絶対になんか窪田くんを守ろうと……ふふふ……しております。えー、窪田くんですが、一体どんなひとなのか。巷でささやかれている噂に火村目線で嘘か本当か推理していきたいと思います。

噂1、超人見知り。うん、まあでもこれはね、もういろんなところで公言してますけどね、私もそうだし、窪田くんもそうであると。ただ、んー、人見知り同士って、こう、なんていうんだろう、こう、どっちかが人見知りっていうことを理解したうえで、こう凹凸という関係性になっていく、みたいな。その点僕が結構ガンガン行ってるかな。窪田くんに直(ちょく)っていうよりは、こう、周りも巻き込みながら、何かが生まれたなんていう風にしていますが、確かに人見知りです。でも良質な人見知りです。

噂2、実はかなりの細マッチョ。これはね、見ればわかると思うんですけど、なんかちょっとピースとかしている腕の筋感とか見れば、もうわかると思うんですけど、もうね、カモシカのような、まあ、裸を見たわけじゃないんですけど、でもわかりますね。彼には無駄な何かとかね、ついてないですね。神聖なひと。

噂3、猫が好き。めっちゃ好きですね。なんか、ご実家でも猫を5匹ぐらい飼ってらっしゃったり、猫とね、会話してる窪田くんはものすごいキュートですね。今回のドラマでも、下宿先にね、夏木マリさんが寮母さんなんですけど、そこにモモというとてもまたキュートな猫が出演していて、よく窪田くんの膝の上に乗ってたり、僕の膝の上に乗ってたり。窪田くんがあまりにも猫を可愛がりすぎて、猫が座る位置がここって決まってたんだけど、あの、落ち着いちゃって、窪田くんの膝の上で。で、結局そこでいこうっていうことになったり、うん、すごい、なんか猫と窪田くんていうのは理解し合ってる。人見知りのひとってね、だいたい猫をね、友人ぐらいに思ってるからね。うん。それ、僕もそうなんですけど。ただの猫と人間を超えた存在になれますね。すごいかわいいね、いまの、いまのところ、こういう噂っていうか、窪田像。うーん。でも、そっからの芝居へのスイッチってのが、また!すごい!

お送りしているのは『宮崎駿アニメボックス』から「さんぽ」です。うん。あのー、特に理由はないんですけどね。あの、今週はですね、ちょっと、宮崎駿。なんかね、ちょっと、ジブリものをお送りしていきたいなと思います。まあなんか、窪田くんて、ちょっとそのジブリに出てくる、その青年というか、そういう雰囲気がね、あります。これ無理やりこじつけてるわけじゃなくてね。あの、世界観としてあるんですよね。もちろんそこに存在してるんだけど、どっか、幻想的なんじゃないかな。そういう部分をね、持っているんですよね。とにかく世界に通用するひとなんで、プレーヤーとして、僕は国内に収まらないでほしいなと、単純な映画ファンとしての願いがあります。はい。

(映像作家・演出家の柿本ケンサクさんの展覧会に行ってきた話。柿本さんの才能を絶賛。話題はレセプション会場に集まっていた方たちについて)
まあ、そうですね、柿本さんがどういうひとたちと仕事をしてるかっていうのがね、もう一目瞭然の、みんなこう、曲者揃いというかね。うーん、宇宙飛行士の方がいたり。うーん、なにか、こう、みんな独特の感性をもってるひとが集まってるのも柿本さんらしいなと思いました。うーん、なんか僕はやっぱ、僕の好きな人たちの、こう、風潮というかね、えー、なんかこう、雰囲気を見守っている。うーん。いま一緒にやらせていただいている窪田正孝くんも、代わりのきかない独特のカラーを持っているっていうところが共通してるなと思いましたね。

あのー、窪田くんはね、また、映画の彼っていうのはまた違うんですよね。僕、タナダユキ監督の『ふがいない僕は空を見た』っていう、永山絢斗田畑智子さんの映画があるんですけどね、このね、この窪田正孝がね、抜群にいいんで、うん、やっぱスクリーンのひとなんだなって思いましたね。あのー、自分、いろんな企画いま持ってて、あの、いま売り出したものもあったりするんですけど、ドキュメンタリーとかもね、作ったりしてるんで。で、どういう役者を選ぶかっていうと、作品と心中してくれる心を持ってるひとなんですよね。じゃないと、信用できない。やっぱ、脚本をね、脚本家と一緒にこうブラッシュアップさせて、本当に時間かけて作ってたりするんで、「じゃあ、この役を誰にやってもらおう?」っていうときに、なんか、もちろん技量とかじゃなくて、見た目とかっていうこと以上に、どういう心で作品に向き合ってるか、っていう、そのひとの、うーん、そこが何よりの信頼だなって思いますね。うーん、やっぱ、例えば女優さんだったら安藤サクラさんとかね、新井浩文さんとか、もう作品見ればわかるというかね。うーん、なんか、窪田正孝という俳優にはね、それが強く強くあるんで、いつかね、最高の形でそういうコラボレーションをしたいなと思っております。

斎藤工bayfm TAKUMIZM、今夜は「パートナー」というTAKUMIZMでお届けしました。さあ、ここで、斎藤工からお知らせです。そう、それこそね、窪田正孝くんがですね、「工さん、『最上の命医』またやるんですね!」って最初に言ってくれましたね。はい、そう、あの『最上の命医』の西條命が帰ってきます。5年ぶりです。『最上の命医 ドラマスペシャル2016』が、2月10日テレビ東京系でオンエアします。ぜひチェックしてください。命を込めました。