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柳の木の下でブランコを漕ぐ

俳優窪田正孝さんを楽しむ私の隠れ家

NHK 土曜ドラマ『4号警備』第1話

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職業ドラマとしての新しさ:より身近なのによく知らなかった警備・警護の世界

4号警備という仕事をこのドラマをきっかけに初めて知った。警備には、施設警備を扱う1号警備、雑踏警備を扱う2号警備、輸送警備を扱う3号警備、そして身辺警護を行う4号警備があるらしい*1。そのなかでこのドラマが焦点を当てるのは4号警備。民間警備会社による身辺警護を指し、拳銃や手錠、警察権限を持たないなかで客の身の安全を守る仕事だ。

服装を見ると警察と似ているようにも思えるが、警備・警護の業務はさまざまな点で大きく異なる。そして、この違いが『4号警備』というドラマ自体の物語の展開や演出にも反映され、刑事ドラマとはひと味違う新鮮さを与えている。

警察の方にもお話したんですけど、犯人を探すことはできても、身の安全を守ることはできないと言われました。それで、こちらに。

今回の依頼人広瀬が警備会社に来た経緯を説明する場面。まず示されるのは業務の目的の違いだ。警備・警護では犯人の特定が目的ではない。そのため、ドラマが向かう方向も犯人の特定がゴールにはならない。冒頭で描かれる外国人要人バートランドの警護の場合にも、広瀬の警護の場合にも、最終的に「犯人が誰であったか」は全く描かれないのだ。犯人の特定や逮捕をゴールに据える刑事ドラマとはまずこの点が対照的である。 

石丸:親族に狙われていると?

池山:それはわからん。とにかく君たちには4号警備業務、広瀬さんの身辺警護についてもらう。

ここでも、広瀬の命を狙っている者が誰かを知ることが、警護にとって、そしてこのドラマにとってそれほど重要ではないことが池山の言葉や態度によって示される。犯人が誰であろうと、犯人がわからなくても、依頼人が希望すれば警護は必要なのだ。

広瀬 :今日私は死にかけました。なので、守っていただきたいんです。

朝比奈:広瀬さん、今日は会社休んでください。

広瀬 :いやです。

朝比奈:いやいや、いま、あなた死にかけたんだから。

それぞれ異なる二つの場面で「死にかけた」という表現が出てくる。いずれも「殺されかけた」と言っても良さそうな場面であるし、刑事ドラマだったら「殺されかけた」というセリフになりそうだが、このドラマではあえて「死にかけた」が使われる。こんな言葉選びからも、このドラマが犯人を中心に据えた刑事ドラマ的な「殺す/殺される」を扱うのではないことが仄めかされている。では代わりに何を中心に描くのかと言えば、依頼人が「どう生きるか」であり、警護によってそれを「どう守るか」なのだ。

朝比奈:いいかげんにしろよ! 死にたくなかったら、死にたくなかったら家にいろよ! 命に関わるんだよ! 生きてなきゃ意地も張れねぇだろうが!

広瀬 :「生きる」ってなんだよ。

朝比奈:「死ぬ」の反対だよ。ばかやろう。

広瀬 :だったら、どうしても行きたいところがある。

この広瀬と朝比奈のやりとりは、このドラマが「生きる」に向き合っていることを最も直接的に表明している場面だ。

朝比奈が言うように「生きる」は「死ぬ」の反対かもしれないが、死んでいない状態は生きていると言えるのか。家でじっとしていれば、息をしていれば、生きていると言えるのか。そうではないのだということを、広瀬の意地を通して私たちは知ることになる。依頼人は死の危険を感じているからこそ「どう生きるか」を真剣に考えていて、警護は依頼人が選んだその「生きる」を守る仕事なのだ。だからこそ細やかな対応が必要だし、警察にはできない仕事だし、お金もかかるのだろう。

このように警護の仕事は依頼人の「生きる」に向き合う。「生きる」に向き合い、寄り添い、ときに危険を一緒に回避する仕事なのだ。だからこそ警護を描くこのドラマは、殺人事件の発生という人の「死」を前提にスタートする刑事ドラマとは全く異なっていて、新しい。

4号警備ではまだ新米の朝比奈と石丸が、依頼人の「生きる」に向き合うことでどう変わっていくのか、これからの展開が楽しみだ。

 

 

 

*1:警備の業務区分については下記でより詳しく紹介されている。

www.nhk.or.jp